大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)7187号 判決

原告

アドリアーノ・カニッリ

右訴訟代理人弁護士

山田秀雄

(他二名)

被告

有限会社ケイ・エイ・ピー

右代表者代表取締役

ラインハード・ライターマイヤー

右訴訟代理人弁護士

堀裕

六川浩明

主文

一  被告は、原告に対し、九七万五四八三円及びこれに対する平成一〇年四月一五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分につき、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、一二七六万七七四一円及びこれに対する平成一〇年四月一五日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分(商事法定利率)の割合による金員(遅延損害金)を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告経営のレストランの従業員(マネージャー)であった原告が、被告の違法な解雇により損害を被ったと主張して、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づき、右損害の賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告は、東京都千代田区(以下、略)においてレストラン「ロッソ・エ・ネロ」(以下、「本件レストラン」という)を経営する株式会社であるが、代表取締役ラインハード・ライターマイヤー(以下「被告代表者」という)はオーストリア人である。

2  原告はイタリア人であるが、平成元年ころから我が国内にある幾つかのレストランの従業員として勤務した経験がある。

3  原告は、平成九年七月、被告との間で、本件レストランの従業員(マネージャー)として勤務する旨の雇用契約(以下「本件雇用契約」という)を締結し、同年九月一日から勤務を開始したが、同年一二月二二日被告から解雇された(以下「本件解雇」という)。

4  被告の就業規則には、次の定めがある。

(解雇)

二二条

従業員が次のいずれかに該当するとき、三〇日前に予告するか、又は平均賃金の三〇日分の手当を支払って解雇する。

〈1〉 事業の休廃止又は縮小その他事業の運営上やむを得ないとき

〈2〉 本人の身体又は精神に障害があり、医師の診断に基づき業務に耐えられないと認められたとき

〈3〉 勤務成績が不良で就業に適しないと認められたとき

〈4〉 前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき

前項の予告の日数は、平均賃金を支払った日数だけ短縮することができる。

二  争点

1  本件雇用契約は試用契約であったかどうか。

2  本件解雇は正当かどうか。

3  損害の有無及び額の算定。

三  双方の主張の骨子

1  被告

(一) 本件雇用契約は、給与を月額六〇万円(このほか、家賃月額一二万円を支給)とする試用契約であったものである。

すなわち、被告が正式な雇用契約を締結する場合には雇用契約書を作成するのが慣行であったにもかかわらず、原、被告間には何ら雇用契約書が作成されていないが、それは、本件雇用契約が試用契約であったからであって、被告は、原告にマネージャーとしての適格性が認められれば、しかるべき期間経過後に原告と正式な雇用契約を締結する予定であったものである。

(二) ところが、原告の勤務開始後、原告には、次のような事実など、マネージャーとしてふさわしくない劣悪な勤務態度が認められた。

(1) 被告は、結婚披露宴主催会社との間で、土曜日及び日曜日に本件レストランで結婚披露パーティを行う契約を締結していて、右結婚披露パーティの事業は、週末における被告の非常に重要な収益源であったが、原告は、右会社に事前の連絡なく店名を変えようとしたり、テーブルクロスの色を変更してしまうなど、右会社の協力関係や信頼関係を失わせる行動をした。

(2) 結婚披露宴主催会社との契約に基づき既に予定が組まれていた最初の二つの結婚披露パーティについては、原告は、その挙行時に本件レストランに現れず、当該パーティの準備をスタッフのみにさせた。

(3) 本件レストランにおいて挙行の予定の、オーストリア政府関係者のパーティの打ち合わせが平成九年一一月二八日本件レストラン内で行われた際、オーストリア政府関係者の一人が、右パーティの出席者一人当たりの費用が五〇〇〇円であると述べたのに対し、原告が、この店ではこんなに安い価格のパーティを行う積もりはない旨の発言をしたため、怒ったオーストリア政府関係者が帰ってしまうということがあった。このため、平成一〇年六月下旬まで、オーストリア政府関係者の本件レストランへの来店が途絶えてしまった。

(4) 被告は、本件レストランの入居につき、ビル管理会社と賃貸借契約を締結していたが、原告は、本件レストランには既に十分な備品やワイン等があったにもかかわらず、賃料支払の目的で用意されていた資金で高価な備品、ワイン等を購入して三か月間も賃料を滞納したたため、被告はビル管理会社から危うく右賃貸借契約を解除されそうになった。

(5) 原告は、自分の個人的仕事である絵画の取引について、勤務中であるにもかかわらず、本件レストラン内で自己の秘書と話をしていたことがあった。

(6) 原告は、被告代表者に無断で、本件レストランの店名を「ロッソ・エ・ネロ」から「ロリベット」に変更することを強行し、本件レストランの内外に存する、店名が記載された看板等にテープを貼って覆いを被せたようにしたため、本件レストランの倒産等の印象を与えた。

(7) 本件レストランにおていは、ピザが、全売上高の二〇パーセントを占めるほど非常に人気があったが、原告は、ピザのような廉価な商品は本件レストランにはふさわしくないとの独断の下に、ピザ用の特製オーブンを被告に無断で廃棄処分にした。そのため、本件レストランのメニューからピザが削除されたままになってしまい、いまだに本件レストランの売上減少の大きな要因となっている。

(8) 原告の勤務が開始された平成九年九月一日から同年一二月に至るまでの期間、本件レストランの顧客がかなり減少した。このため、スタッフには失業のおそれが発生し、本件レストランに対する三億円に上る被告代表者の投資が無に帰する危険性が高まった。

(三) そこで、被告は、原告の劣悪な勤務態度をこれ以上放置しておけば更に甚大な損害を被ることが予想されたため、同年一二月二二日、原告を解雇したもので、以上の事情の下では、本件解雇には、試用契約の解約について求められる客観的に合理的な理由が存在するから、正当である。

仮に、本件雇用契約が試用契約とは認められないとしても、マネージャーとしてふさわしくない原告の劣悪な勤務態度からすれば、原告には就業規則二二条一項三号所定の「勤務成績が不良で就業に適しないと認められたとき」又は同項四号所定の「前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき」に該当する事由が存在するから、本件解雇は正当である。

なお、被告は、本件雇用契約を締結した際、原告居住の賃借アパートの権利金・敷金合計六〇万円を立替払しているので、本件解雇に当たって、右立替金返還請求権と対当額で相殺することによって、一か月の給与相当額六〇万円を原告に支払ったものである。

(四) 原告主張(四)について

原告の損害の主張は争う。

2  原告

(一) 被告主張(一)について

本件雇用契約が試用契約であったことは否認する。本件雇用契約は、期間を一年間とし、月給を七二万円(家賃一二万円を含む)とする通常の雇用契約であったものである。

(二) 同(二)について

原告にマネージャーとしてふさわしくない劣悪な勤務態度があったことは否認し、同(1)ないし(8)の事実についての認否は次のとおりである。

(1) 同(1)について

原告は、結婚披露宴主催会社との契約について、当初被告から何ら知らされていなかった。また、被告代表者の秘書を通じて原告と被告代表者との意思の疎通があったはずであるから、原告が勝手に店名を変更したりテーブルクロスの色を変更したりすることはあり得ない。

(2) 同(2)について

被告主張の最初の二つの結婚披露パーティは、原告の休みの日に行われたもので、原告としては、原告が不在でもパーティを執り行えるように万全の準備をしていたものである。

(3) 同(3)について

原告は、チーフウェーターの意向を受けて人数と値段の調整につき客側と論理的かつ合理的に話をしたところ、客側で納得しなかっただけのことである。

(4) 同(4)について

原告は経理、出金の権限がなかったのであるから、賃料滞納の責任は被告にあり、むしろ賃料滞納はそれ以前からあったようである。

(5) 同(5)について

原告は、美術に関する個人的仕事について、本件レストラン内で話をしたことはない。

(6) 同(6)、(7)について

本件レストランの店名の変更については、原告と被告代表者との間で合意があったものである。原告が本件レストランの看板等に覆いを被せたようにしたというのも、メニューからピザを外したのでピザの文字を消したり、本件レストランと直接関係がないので被告代表者がオーストリア国内で経営しているコーヒー会社の社名を消したりしたのみで、これらについては、被告代表者のレストランリニューアルの意向を受けて行ったものである。同(7)のピザ用オーブンの廃棄処分についても、被告代表者に連絡をした後に行ったものである。

(7) 同(8)について

原告の勤務後、売上げが大きく減少した事実はない。むしろ、原告は、原告の顧客に本件レストランの宣伝のファックスを約一〇〇〇件送っており、当時使った文面の見本と顧客の番号リストが今でも残っている。

(三) 同(三)について

被告の主張は争う。

原告は、本件レストランの収益を上げるべく、過去の経験を活かして様々な努力を重ねたにもかかわらず、平成九年一二月二二日、被告代表者から突然解雇されたものである。

(四) 本件解雇によって原告が被った損害は、次のとおりである。

(1) 一年分の逸失利益(原告は平成九年一二月一一日以降月給の支払を受けていないから、同日から平成一〇年八月三一日までの期間につき、このうち、休暇一か月分を除いて計算する)

月給七二万円×{(二一日/三一日)+八か月-一か月} 五五二万七七四一円

(2) 慰謝料(顧客に対する原告の信用を失墜させられたため、精神的苦痛を被ったことによる損害) 四〇〇万円

(3) 一か月分のボーナス相当額 六〇万円

(4) 一か月分の休暇補償 六〇万円

(5) イタリアへの往復航空運賃 一二万円

(6) 弁護士費用(報酬会規による着手金及び報酬合計) 一九二万円

以上合計 一二七六万七七四一円

第三当裁判所の判断

一  争点1(試用契約性の有無)について

被告は、本件雇用契約が試用契約であった旨主張するが、(書証略)、被告代表者尋問の結果中、右主張に沿う部分は、いずれも、にわかに採用することができず、他に右主張を裏付けるに足りる的確な証拠がない。

そして、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件雇用契約は、期間を平成九年九月一日からの一年間、月給を七二万円(家賃一二万円を含む)、職務をマネージャー(本件レストランのホール係(接客担当)従業員及び調理係従業員を統括する立場の従業員)とするものであったことが認められる。

二  争点2(本件解雇の正当性)について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、結婚披露宴主催会社との契約に基づき、平成一〇年一〇月までの期間の毎週末(土曜日及び日曜日)、右会社が主催する結婚披露パーティを本件レストランで挙行することになっていたが、原告は、平成九年九月一日の勤務開始後、既に予定が組まれていたことを承知していたにもかかわらず、最初の二つの結婚披露パーティについて、その挙行当日、当該パーティの準備を部下の従業員らに任せきりにして、さしたる理由もなく欠勤してしまった。

右結婚披露パーティの受入れは、本件レストランの立地上、余り来客が多くない毎週末に相当の収益を確保できるという点で、被告にとって極めて重要な収益源であったから、被告としては、結婚披露宴主催会社の信頼を害することのないように細心の注意を払って応対すべき業務であった。

(二) 本件レストランでは、それまでの相当の期間にわたって、オーストリア政府関係者のクリスマスパーティが挙行され、平成九年一二月にも、オーストリア政府関係者(オーストリア大使館及び同国造幣局駐日事務所関係者)計三〇名が出席する立食パーティの予約が入っていた。ところが、同年一一月二八日本件レストランで右パーティに関する打ち合わせが行われた際、オーストリア政府関係者の一人が、出席者一人当たりの費用が五〇〇〇円であると述べると、原告は「今は店のイメージを変えており、高級店なのだから、そんなに安い予算ではパーティをすることはできない」などと、居丈高な発言をしてオーストリア政府関係者の激しい怒りを買い、パーティの予約を破棄される結果を招いた。その後、原告の言動の噂が我が国におけるオーストリア政府関係者に伝わったため、平成一〇年六月下旬オーストリア造幣局駐日事務所の関係者が来店するまで、本件レストランへのオーストリア政府関係者の来店が途絶えてしまった。

従前から本件レストランで挙行されていたオーストリア政府関係者のクリスマスパーティは、被告代表者がオーストリア人であることから、被告が、営業政策上、非常に重要視していたものであって、被告としては、将来にわたって、継続挙行してくれることを切望していたものであった。

(三) 原告は、平成九年一一月ころ、本件レストランの「ロッソ・エ・ネロ」という店名が気に入らないから、これを「ロリベット」に変更すると言って、店名の変更を企図し、本件レストランが入居する前記紀尾井町ビルの内外の複数箇所にある本件レストランの看板・案内板等のすべてにビニールテープを無造作に貼り付け、新たな店名の表示もしないまま、本件レストランの店名を覆って見えなくするという挙に出た。このため、本件レストランの看板・案内板等のすべてが効用を果たさなくなったばかりか、店名がビニールテープで無造作に覆われた外観から、顧客や第三者に対し、本件レストランが倒産したか、そうでなくとも間もなく閉鎖するかのような好ましくない印象を与えた。

原告は、このような措置をとることについて、被告の許諾を受けず、独断で右措置を強行したものであったから、他の従業員の通報で右事実を知った被告代表者は、同年一二月来日すると、直ちに、看板・案内板等に貼り付けられたビニールテープをはがして、店名表示の回復措置をとった。なお、被告代表者は、平成五年四月「ロッソ・エ・ネロ」の商標登録の出願をし、平成九年八月ようやく商標登録を済ませたばかりであったから、本件レストランの店名変更などは思いもよらないことであった。

(四) 同年九月末から一〇月ころ、原告は、「ピザは安っぽいメニューだ。今後はピザはメニューから外す」などと言って、ピザ料理を止めることを安易に決め、本件レストランに備え付けてあった輸入品の高価なピザ用特製オーブンを取り外し、被告の許諾を受けずに廃棄処分にした。

そのため、本件レストランのメニューからピザ料理がなくなる結果になったが、従前、本件レストランのピザ料理は評判がよく、多くの来客が好んで注文する人気料理であった。

2  以上によれば、(1) 被告の収益の確保の点で極めて重要な業務である週末の結婚披露パーティの挙行当日、マネージャーという地位に就きながら、二度にわたって、部下の従業員らに準備を任せきりにして、さしたる理由もなく欠勤してしまったこと(前記1(一)の事実)、(2) 被告代表者がオーストリア人であることから、営業政策上、被告が非常に重要視していたオーストリア政府関係者のクリスマスパーティの予約を、接客上厳に慎むべきものであることが明らかな居丈高な発言によって破棄するに至らせ、オーストリア政府関係者の来店をしばらく途絶えさせたこと(同(二)の事実)、(3) 被告の許諾を受けずに本件レストランの店名を変更することを企図し、本件レストランの看板・案内板等にビニールテープを無造作に貼り付けて本件レストランの店名を覆って見えなくするという挙に出て、本件レストランが倒産したか、そうでなくとも間もなく閉鎖するかのような好ましくない印象を与えたこと(同(三)の事実)、(4) 本件レストランのピザ料理は、多くの来客が好んで注文する人気料理であったのに、ピザ料理を止めることを安易に決め、あまつさえ、被告の許諾を受けずに高価なピザ用特製オーブンを廃棄処分にしたこと(同(四)の事実)が認められるのであって、これらの事実によれば、原告には、被告の就業規則二二条一項〈3〉号にいう「勤務成績が不良で就業に適しないと認められたとき」及び同項〈4〉号にいう「前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき」のいずれにも該当する事由があるものということができる。

3  ところで、本件解雇は、三〇日の予告期間を置かず、即時解雇の趣旨でされたことが被告の主張自体から明らかであるが、この場合には三〇日分の平均賃金(いわゆる予告手当)を支払わなければならないものとされている(就業規則二二条一項。なお、労働基準法二〇条一項参照)。そして、被告が本件解雇に当たって原告に対して右予告手当を支払ったことを認めるに足りる証拠はないが(被告は、本件解雇に当たり、原告居住の賃借アパートの権利金・敷金の立替金返還請求権と対等額で相殺することによって、一か月の給与相当額を原告に支払った旨主張するが、たとい被告が原告に対して右のような債権を有していたとしても、労働基準法二四条一項所定の直接払の原則に照らし、被告主張のごとき一方的な相殺の意思表示によっては、賃金債務の弁済の効果を生じさせることはできない)、弁論の全趣旨によれば、被告は即時解雇に固執する趣旨ではないことが認められるから、本件解雇は、それが行われた平成九年一二月二二日の翌日から起算して三〇日を経過した平成一〇年一月二二日に効力を生じたものと認められる。

三  争点3(損害の有無及び額の算定)について

前記二判示の次第で、本件解雇は、就業規則二二条一項〈3〉号及び〈4〉号に該当する事由があるものとして、正当なものということができるから、本件解雇が違法であることを前提とする原告の損害賠償は、その余の点を検討するまでもなく理由がないこととなる。しかし、原告の請求は、本件雇用契約に基づく未払賃金の支払を求める趣旨を含むものと善解することができるところ、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成九年一二月一一日以降月給の支払を受けていないことが認められるから、同日から同月三一日までの二一日間及び平成一〇年一月一日から本件解雇が効力を生じた日の前日である平成一〇年一月二一日までの二一日間につき、平成九年一二月分及び平成一〇年一月分それぞれに係る月給七二万円の日割り計算による算定額の合計額である九七万五四八三円が、原告の請求し得べき未払月給額となることが明らかである。

そうすると、本件請求は、原告が、被告に対し、右九七万五四八三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年四月一五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないこととなる。

(裁判官 福岡右武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例